今庄駅を出発すると旧線は燧ヶ城跡を回り込むように南から西へと方向を変えてゆきます、鹿蒜川を渡る付近(旧第一鹿蒜川橋梁)から現在の県道207号線(今庄杉津線)に改修されています。
旧北陸本線の廃線跡を使った県道なので、橋台や橋梁、盛り土に注意をしながら辿り始めました、残念ながら旧・第一鹿蒜川橋梁と旧・第二鹿蒜川橋梁は架け替えが行われ、橋台も河川改修に伴いコンクリート製に変わっていました。
現・北陸本線が南今庄駅を過ぎ、北陸トンネルに入っても旧線には当時を偲ぶ遺構と言うべき物が現れてきませんが、福井県南条郡南越前町新道に入ると旧・第三鹿蒜川橋梁が目に止まりました。
橋桁が何となく鉄道橋の趣があるではありませんか。
近くに寄って名版を確認してみると。
昭和26年製の日本国有鉄道が作った橋脚ではないですか、旧北陸本線の遺構にめぐり合いました。
橋台も注意してみると
コンクリートで補強はされていますが、中心部に石積みの橋台の痕跡が残っています。
下側に回りこんで見上げてみると違和感が
橋桁の間隔が広過ぎます、2mくらい幅があるので??になってしまいます、想像ですが道路橋として再使用するときにブレスや横桁のアングルを取替え、幅を広げたようです。
引き続き西へ800m進み、北陸自動車道の下をくぐったところで
第四鹿蒜川橋梁も日本国有鉄道時代の鉄橋のようです。
さらに西へ200m
第五鹿蒜川橋梁があります、ここも日本国有鉄道時代の鉄橋が残っていました。
第五鹿蒜川橋梁の横は大桐駅跡があります。 記念碑も設置されています。
解説の案内板もあります。
駅のホーム跡か?一段高くなったところがあります。
大桐駅を出ると旧・北陸本線は右へ大きくカーブし北西の方向へ進みます。
北西へ500mほど進むと
大桐の町中で再び鹿蒜川を渡ります、この橋梁が第六鹿蒜川橋梁です。
この橋梁も昔のままの橋梁で
昭和22年製の運輸省の名版がありました。 「ては509」という事はデックプレートガーター橋のKS-15荷重橋で、支間が9mの桁と読むそうです。
橋脚も
一部、コンクリートで補強されていますが、石積みの橋台であったことが良く判ります。
築堤も現存しており
のり尻には石積みの土留壁も残っています。
築堤の斜面には
大桐駅の場内中継腕木信号?の基礎も残っています。
ここからは左へ大きく曲がり山中峠へ25‰の上りが続くことになるのですが
大カーブの築堤が続きます。
そして今回の大発見!!
この大カーブの下には石積みのまんぽが残っていました。